
生涯現役で働く
人生100年時代となり、松下幸之助が「青春とは心の若さである」と言っているように、いくつになっても元気で若々しくありたいと願う人は多いのではないでしょうか。
本コーナーは、『PHP増刊』とのコラボ企画として、現役で活動されている
シニア世代の方にお話を伺い、しあわせに生きるヒントを見つけていきたいと思います。
2025/11スタート!
26
第 回
2026年5月18日
人の喜びが働く原動力
大学内設備管理および誘導業務スタッフ
本田敏香さん

定年退職後の人生は自分のために使いたい、という人は少なくない。それまでずっと一生懸命に職務を果たしてきたのだから、ごく自然なことだろう。
だが、それからの人生も、人の喜びのために使おうとする人がいる。施設総合管理と環境保全を主業務とする日本環境マネジメント株式会社(埼玉県さいたま市)に勤める本田敏香さん(84歳)は、そんな一人だ。
25
第 回
2026年3月21日
働けることがなによりの喜び
ホビーショップスタッフ
松原祥子さん

1975年に岐阜県で創業し、現在は北海道から九州にかけて総合ホビーショップ20店舗を展開する株式会社タム・タム。取り扱う商品はプラモデル、フィギュア、ラジコン、鉄道模型、ミニカー、ミリタリー、カラー工具など幅広い。いわゆる「おもちゃ」の枠を超えた、専門性の高い品揃えが自慢だ。
本格的なラジコンサーキットを併設するホビーショップタムタム岐阜店に勤める松原祥子さんは、今年84歳になる。勤続20年で、同店では最古参の従業員だ。
24
第 回
2026年1月19日
楽しみを見つけて働き続ける
直販営業リーダー
石橋善行さん

小さく仕切られたお弁当箱の中に、宝石のように彩り鮮やかなおかずが並ぶ。いずれも添加物を使わずにこだわりの食材で手作りされている。そのお弁当を一つひとつ丁寧に配送用ケースに詰めていくのが、配送営業担当の石橋善行さん(77歳)。
「お弁当の中身を崩さず、きれいに、時間通りに、お客様にお届け するのが私の仕事です」。日に焼けた顔をほころばせる石橋さんには、仕事に対する誇りが感じられる。
23
第 回
2025年11月18日
50年を超える経験を店づくりに生かす
すしチェーン店ホール責任者
安藤輝子さん

東京下町のにぎやかな幹線道路沿いにたたずむ、回転寿司チェーン「すし銚子丸」南小岩店。一見普通 の店舗だが、歴史を聞いて驚く。元々は別のファミリーレストランのチェーン店舗だったそうで、その誕生が今から50年余り前。店舗はそのままに「すし銚子丸」に変わってからも、20年以上の月日が流れている。
そしてなんと、この店舗が建てられたときから働き続けてきた人がいるという。女将、すなわちホール責任者を務める安藤輝子さん、80歳である。
22
第 回
2025年9月18日
新天地でもやりがいを見出す
建築確認検査会社営業専門職
多田和典さん

新宿支店のオフィスの中でも、ひときわ笑顔が目立つ愛嬌のある男性がいた。
「そこはもう少し丁寧に伝えないとお客様が納得しないよ」。部下に指示を与えているのだが、ソフトな語り口なので、言われたほうも自然と笑顔になる。なんともなごやかな雰囲気の中で業務を進めるのは多田和典さん、76歳。日本建築検査協会株式会社(通称JCIA)で営業を務めるベテラン社員だ。
21
第 回
2025年7月18日
何事も前向きにとらえて道をひらく
建設会社営業管理職
玉澤修さん

宮城県仙台市の中心街にあるビルの一室。机に向かい仕事を進める玉澤修さんの目は鋭く光っている。
総合建設会社「八重樫工務店」仙台支店の支店長を務める玉澤さんの一日は、営業活動をはじめ、プレゼン資料の作成や書類の整理、営業会議への出席など多忙だ。外回りも内勤もフル稼働でこなしながら、五人の部下への気配りも忘れない。
20
第 回
2025年5月19日
元役員ながら現場で活躍
車両運搬スタッフ
山本誠さん

富士山の裾野にある株式会社富士ホンダは、ホンダ車を取り扱う販売店だ。得意先まで車両をトラックで運ぶ山本誠さんは、勤続36年のベテラン社員。かつて営業の第一線で活躍し、六十歳で定年を迎えたあとも、パートで働き続けている。
「私の人生なんてつまらんもので、お役に立てるかわかりませんが……」。山本さんは恥ずかしそうに身をすくめるが、実は定年時の役職は常務だったという。
19
第 回
2025年3月21日
気配りの接客で働く喜びを実感
家電製品販売員
熊谷恵美子さん

昼下がりのショッピングセンター。家電専門店ノジマの冷蔵庫売場の前で、販売員の熊谷恵美子さんは年配の女性を接客中だった。「冷凍することが多いですか。それならこのタイプがおすすめですよ。私もこの冷蔵庫、狙っているんです」。
ノジマで最高齢の店員である熊谷さんには、年配客のファンが多い。「若い人とシニアの方ではテンションが違います。熊谷さんはお年を召したお客様と同じ目線で接客ができるので、とても助かっています」とノジマイオンモール川口前川店の永田幸亮店長は称賛を惜しまない。
18
第 回
2025年1月20日
飽くなき探究心を胸に
旋盤士
多賀儀則さん

愛知県名古屋市に本社を構える新光機器株式会社。2024年に創業50年を迎えた同社は、溶接用電極などの産業用機器を開発・製造・販売する専門メーカーだ。新光機器で20年以上にわたり金属加工の仕事に従事する多賀儀則さんは、1944年生まれの80歳。そのうちの約60年を「旋盤士」として過ごしてきた。
多くの操作を手動で行なうため作業者の経験や技術に依る部分が大きく、多賀さんほどの経験を持つ人材は貴重だという。
17
第 回
2024年11月18日
資格を生かして生涯働く
太陽光発電所管理
伴 碩展さん

岡山県津山市にある太陽光発電所。1万5000枚ものソーラーパネルの間を通り、点検作業を行なっているのが、77歳の伴碩展さんだ。この太陽光発電所の保守管理をし、「電気のスペシャリスト」として豊富な実務経験を持つ。
複数の発電所を回り、1日に計2万歩以上歩くというハードな仕事を、涼しい顔でこなす。そのバイタリティはどこから湧いてくるのだろう。
16
第 回
2024年9月18日
「ファン」からの声を励みに
ホテルスタッフ
安藤香織さん

JR名古屋駅から徒歩数分、にぎやかな繁華街にビジネスホテル「東横INN名古屋駅桜通口本館」はある。ここに、今年89歳になる名物スタッフがいる。東横インの本社でも名が知られるその人は、同ホテルに通算25年以上勤める安藤香織さん。名古屋駅桜通口本館の「朝の顔」と も言うべき存在だ。
「おはようございます。ごゆっくり、お召し上がりください」
その声を合図に、名古屋駅桜通口本館の一日が始まる。
15
第 回
2024年7月19日
信用と信頼を積み重ねる
物流センター業務担当
宮岡百合子さん

会社の商品である資材が並ぶ、倉庫然とした物流センター内に作られた小さな事務所。今回取材した宮岡百合子さんの仕事場だ。30年にわたり、一人で物流センターを管理している。週5日、毎朝9時にシャッターを開け、退勤するのは夕方5時半のフルタイム勤務。
働き盛りの世代と変わらない仕事をこなす77歳の宮岡さん。その生き方が、いくつになっても活躍する場所さえあれば、人は輝けるのだと教えてくれた。
14
第 回
2024年5月20日
仕事は人生の「宝」
清掃スタッフ
錦織達子さん

派遣先での仕事を午前中に終え、インタビュー場所である株式会社さんびるの本社(島根県松江市)の一室に現れた錦織達子さん。身長は145センチと小柄ながら、はっきりとした話し方と、機敏な歩き方はテキパキと仕事ができそうな雰囲気だ。
この小柄な体のどこに生涯現役で働き続けられる強力なパワーが秘められているのか。その源泉を探るべく、錦織さんのこれまでの人生をうかがった。
13
第 回
2024年3月18日
働いていればお天道様はついてくる
金属加工会社社員
青山陽子さん

明治21年創業の加藤製作所(岐阜県)は、特殊な金属加工技術を持つ総合加工メーカーだ。現在、同社で働く60歳以上の社員は40名。勤続7年目の青山陽子さんは、最高齢の79歳だ。小柄な立ち姿ははつらつとしていて、ショートカットの髪からのぞく耳にはピアスが光る。
「この歳まで自分を生かすことができるのは、働き続けているから。そしてそれを楽しんでいるからです。ここには85歳まで居すわるつもりですよ(笑)」そう話す青山さんは、いたずらっ子のように微笑んだ。
12
第 回
2024年1月18日
五十五歳から未経験の分野に
ガソリンスタンド監視員
手塚義倫さん

「手塚義倫です。本日はよろしくお願いします」
頭を下げる姿はとても80歳とは思えないほど若々しい。見た目もそうだが、それ以上に雰囲気が若いのだ。この若さの秘訣はどこからくるのか。
「なんでしょう。仕事にストレスがないからかな」
屈託なく笑う手塚さんの仕事はセルフサービスのガソリンスタンドの監視員である。
11
第 回
2023年11月20日
後進に道をゆずり、うしろで支える
建築士
鈴木八恵児さん

取材場所となった会社事務所の入り口で、誠実そうな男性が背筋をピンと伸ばして待っていた。鈴木八恵児さん、81歳。リフォーム事業を中心に行う株式会社さくら住宅の一級建築士だ。
鈴木さんは物腰がとても柔らかく、周りの人を気遣いながら、集団の最後尾を目立たないように控えめに歩く。
一級建築士というだけなら、世の中に有資格者はたくさんいるだろう。だが、81歳という年齢の今も、ここまで必要とされる鈴木さんには、どんな魅力があるのだろうか。
10
第 回
2023年9月21日
働くことで、人の喜ぶ顔が見たい
食堂業務補助
渡邉恭子さん

静岡県にある工場の食堂に、丁寧な仕事が評判の女性がいる。
「私のことなんて、記事になりませんよ。ほんとにただのおばさん、いえおばあさんですから」
そう笑って話すのは渡邉恭子さん、86歳だ。
ビルメンテナンスなどの事業を行なう静岡の企業・株式会社共同から、ジッパーつきの袋を生産する工場に派遣され、食堂の清掃や衛生管理を担当してもう5年になる。
9
第 回
2023年7月18日
ご縁を大切に、誠実に働く
シャッター設計士
金井伸治さん

事務所につながる外階段をのぼっていくと、なにやら楽しそうなざわめきが外に漏れ伝わってきた。東京の下町、足立区にある横引シャッターは、高齢者を積極的に採用している会社である。
「こんにちは」。温和な表情で出迎えてくれたのは、横引シャッターで最高齢の金井伸治さん(80歳)。大手電力会社に勤務していた金井さんは、これまで培った技術を生かして、この会社で店舗や事務所、ビルのシャッターの設計をしている。
8
第 回
2023年6月19日
人より少し余分にやる
オリーブ生産者
三宅佳男さん

「オリーブの島」として有名な香川県小豆島。その土庄港から車で約10分の「小豆島ヘルシーランド」に到着すると、作業着姿の三宅佳男さんが笑顔 で迎えてくれた。
約110名の社員が働く小豆島ヘルシーランドの主要事業は、オリーブを使った化粧品や健康食品の開発・販売だ。三宅さんは、ここに40年以上前に入社した。
まったくの未経験だったオリーブづくりを60歳から担うようになり、80歳になる今も、4.53ヘクタールの自社農園に植えたオリーブの世話をしている。
7
第 回
2023年3月17日
人の人生を看る
高齢者総合福祉施設顧問
細井恵美子さん

デイサービスの談話室では、レクリエーションや入浴を終えた利用者たちが、お茶を飲みながら介護スタッフとの会話を楽しんでいた。一緒に笑いながら、利用者一人ひとりに目を配るのは、91歳の細井さん。
京都の高齢者総合福祉施設「山城ぬくもりの里」で、今も介護の現場に立ち続けている。利用者の多くは、細井さんよりも年下。相手のことを深く知りたいという気持ちから、最低でも1日30人に話しかけ、利用者の心を開いている。
6
第 回
2023年1月18日
足腰を鍛えて、好きなことを自由にやる
工場スタッフ
紺野英彦さん

背筋のすっきり伸びた男性が、足どり軽く工場の敷地を進んでいく。ぐんぐん歩いていった先には、全長16メートルを超す巨大なタンクローリーがあった。タンクローリーで運ばれた液化天然ガスを安全に工場のタンクに移す、82 歳の今も働き続ける人を訪ねた。
紺野さんは、高齢者雇用を行なう、その名も「高齢社」という会社に所属する派遣社員だ。紺野さんの勤務は通算17年におよび、派遣者の中でとうとう最高齢に。
5
第 回
2022年11月21日
イギリスの紅茶文化を日本に
ティールームオーナー
宮脇 巖さん

スコンの焼ける甘い香りが店いっぱいに広がる。東京・麻布十番にある「ジュリスティールーム」では、本場・イギリスのアフタヌーンティーを味わえる。店内では、ロマンスグレーの男性が優雅にサービスをしてくれる。宮脇巖さん、78歳。厨房でスコンやケーキを焼くオーナーシェフの樹里さんの父親である。
英国紅茶協会が選ぶ「トップ・ティー・プレイス」賞をイギリス人以外の外国人として初めて受賞したこともあるティールームを訪ねた。
4
第 回
2022年9月21日
働くことは生きること
料亭スタッフ
赤羽裕三さん

多くの著名人に愛される鎌倉の老舗料亭「御代川」。ここに、62歳から20年以上働く赤羽さんがいる。赤羽さんは、元自衛官。自衛隊では、整備や補給を担当するロジスティクス部門として、入間基地に配属。25歳で結婚し、30歳のときに義父が経営する会社を手伝うため退官することに。62歳の時に会社を引退し、悠々自適にテニスクラブに通っていた赤羽さんは、電車でスーツや作業着姿の人を見かけると、働いていない自分がひたすら虚しく思えたという。
3
第 回
2022年8月18日
笑って苦労を乗りこえる
おやき製造・販売員
大久保晴美さん

大久保さんは農家の次女として生まれ、子どものころは両親の手伝いを。20歳で結婚して家を出るも、長男が生まれて間もなく夫が病気で他界。赤子と2人で生きていかなければならず地獄の日々に。そんな中、29歳のときにトラック運転手だった今の夫と出会い再婚、3人の女の子にもめぐまれた。しかしトラックの購入費や維持費で借金ができ、すべて返し終わったのは今から5年前。
苦労のたえなかった人生を無我夢中に働いてきた大久保さんにとって、生涯現役で働く秘訣とは。
2
第 回
2022年7月15日
地域の力になりたい
保育園で働く夫婦
青木豊司さん、圭子さん

香港旅行の旅先で出会ったお2人は、1972年に結婚。3人の子どもに恵まれ、家族5人、幸せな日々を過ごしてきた。しかし豊司さんが51歳の時に突然仕事を失うことになりゼロからのスタートに。保育士の資格を持つ圭子さんはすぐに仕事に復帰し、豊司さんも周囲の助けもあり再就職し67歳まで働き続けた。まだまだ働きたかった豊司さん は、三女が通っていた保育園の見守り職員の職を見つけ、夫婦共働きで現在まで仕事を続けられている。
1
第 回
2022年5月18日
自分の技術を社会に還元したい
エンジニア
深谷弘一さん

深谷さんは東京都目黒区の出身で1941年生まれ。NECのエンジニアとして定年まで働き、定年後も好きな仕事を続けようと、マレーシアの若 い技術者の指導者として活躍。その後、73歳の時にシニア向けの求人サイトで、IoTの関連機器を開発するフォトシンスと出合い、若者6人で立ち上げたばかりのベンチャー企業へ再就職した。
フォトシンスは今では従業員167名の東証グロース市場へ上場する会社に成長し、この会社がさらに発展することを深谷さんは楽しみにされている。

